電子ブック波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫)無料ダウンロード

波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫)

09/07/2020 14:45:06, , 上田 秀人

波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫) は 上田 秀人 によって作成されました 各コピー770で販売されました. Le livre publié par manufacturer. Il contient 352ページ pages et classé dans le genre genre. Ce livre a une bonne réponse du lecteur, il a la cote 4 des lecteurs 10. Inscrivez-vous maintenant pour accéder à des milliers de livres disponibles pour téléchargement gratuit. L'inscription était gratuite.
平均的な顧客フィードバック : 4 5つ星のうち(10人の読者)
ファイルサイズ : 25.19 MB

電子ブック波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫)無料ダウンロード - 内容紹介 上田秀人の大型新シリーズ、2ヵ月連続刊行でスタート! 外様第一の加賀藩。筆頭家老の本多政長は大名をしのぐ五万石を誇る。幕府の実権は、病弱な四代将軍家綱に代わり、大老酒井忠勝らが握っていた。権勢維持と御家騒動誘発を狙い、酒井はなんと外様の加賀藩主綱紀に次期将軍の白羽の矢を当てる。藩論は真っ二つ。混乱の中、江戸藩邸に向かうことになった藩士瀬能数馬は、本多政長に見込まれ、五万石の姫君琴姫を娶ることに。いよいよ、開幕。「奥右筆秘帳」上田秀人の大型新シリーズ。加賀百万石。江戸城の実権を握る大老酒井忠清(ただきよ)は、なんと外様大名の加賀藩主前田綱紀(つなのり)を、次期将軍に擁立しようとする。外様潰しの策略か、親藩入りの好機か。藩論は真っ二つ。襲撃された重臣前田直作(なおなり)を助けた若き藩士瀬能数馬(せのうかずま)の運命も、大きく動き出そうとしていた。 内容(「BOOK」データベースより) 加賀百万石。江戸城の実権を握る大老酒井忠清は、なんと外様大名の加賀藩主前田綱紀を、次期将軍に擁立しようとする。外様潰しの策略か、親藩入りの好機か。藩論は真っ二つ。襲撃された重臣前田直作を助けた若き藩士瀬能数馬の運命も、大きく動き出そうとしていた。大型新シリーズ、開幕!文庫書下ろし。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 上田/秀人 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。’97年小説CLUB新人賞佳作。講談社文庫の「奥右筆秘帳」シリーズ(全十二巻)が、「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」(宝島社)の第一位に。歴史小説にも取り組み、『孤闘―立花宗茂』(中公文庫)で第16回中山義秀文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る以下は、波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
徳川家5代将軍継嗣をめぐる歴史的経緯の疑問点は、すでに歴史学(文献史学)の分野では、ほぼ決着の付いた問題であり、いわゆる「有栖川宮幸仁親王擁立」云々ほか諸説は、当時の「実録体小説」作家が創作した虚妄にすぎないとする見方が定説化している。となると、時代小説作家としては、いかに気宇壮大なフィクションを設定しストーリーの中に面白く盛り込むかという点に、書き手としての腕の振いどころが定まって来るのではないか。この点、本書前半部で描かれる時代背景のモタモタした説明など、読者にとっては鬱陶しいだけでしかないし、この小説のテーマは、歴史の真実をえぐり出すことではなく、どうせ、と言っては作家に気の毒だが、どれだけ時代小説として読者を引き付ける読み物が書けるか?だろう。加賀の「前田綱紀侯」を引っ張り出したあたりは悪い着眼ではないと思うが、この「大老・酒井雅楽頭忠清」のキャラクターイメージとなると、いかにも出来合いの俗説(たとえば、山本周五郎作『樅の木は残った』ほか、)を借りて来たものにすぎず、さきが読めてしまう詰まらなさが付きまとってしまう。このへんはもっと割り切って、なおいっそう奇伝的であったほうが好かったのではないか。それと、小説という表現手段は、「虚構に訴える」もの以外のなにものでもなく、作家の創作する「大きな嘘」に読者を引き寄せるため、なるべくなら創作のテーマと無関係なところでの詰まらない時代錯誤や風俗描写の初歩的誤謬など避けて欲しいと思うのだが、この「……まする」、「……まする」、「……まする」という奇態な語尾使いをはじめ、この手のミスが猛烈に数多く見受けられる。こんな言葉使いをする武士などあったものではなく、これは女言葉のうえ、それも余り上品なほうに入る部類ではないし、また、「徳川4代将軍家綱」を「そうせい侯」と「侯」付けし、弟の「徳川綱吉」や甥にあたる「徳川綱豊」を「公」付けしているが、「公」と「侯」の敬称のつけ方が逆さま。「公」とは律令官制において摂関・大臣クラスの最高級官職にある者への敬称。「正二位右大臣兼征夷大将軍・家綱」のほうが「左様せい公」であって、大名諸侯のうちで「正三位参議(宰相)」の綱吉、綱豊らこそ次級の敬称の「侯」とする、「館林侯」「甲府侯」が正しい使い方。同一人物に対する人名表記も、あっちこっち場面場面でバラバラだったり、以下、この種が、やたらと目に付く。もっと確っかりと原稿の段階で校正しておくべきではなかったか。作品後半に入って主人公らが江戸に向かう段になると、かなりテンポも好くなるが、しかし、どうやら時代劇映画やテレビドラマのチャンバラシーンに影響されるところが大きいらしく、たとえば千石級、万石級の武士ならば、おまけに2人とも歳若く年齢相応に馬上の旅となるべきところ(お馬さんを出演させると制作費が高くつくから?)、徒歩でテクテク歩かされているし、刺客が主人公らを襲うシーンも、加越国境の「倶利伽羅峠」あたりで半弓でも使って攻撃して来たとしておけば(白刃で斬り結ぶ殺陣場面でないと映像的に見栄えがしないから?)時代的リアリティーを失うこともなかったのに、主持ちの前田家家臣が公務以外で1晩泊りでも城下を離れることは、「出奔の罪」に該当して、刺客云々の罪状を問うまでもなく、この連中、家禄没収、領外追放の憂き目を見るのが関の山。「金沢」から日帰り圏外の「富山」以遠の地まで藩庁の指示なく前田家の直臣が遠出するなど江戸時代的には有得ず、ここいらへんは陪臣=藩士の又家来に刺客の役目を命ずるか、それとも浪人者か素っ破のたぐいでも金で雇ってとか言うかたちにプロットを組立てるべきだった。どうも、こういうところがすべて安易で、だいぶ損している。すっかり売れっこになり、忙しすぎて表現が雑駁になったのと違うか。
によって 上田 秀人
5つ星のうち (10 人の読者)

0コメント

  • 1000 / 1000